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ひめゆりの塔
2011-03-10 Thu 12:57
先日、沖縄に来て初めて、


ひめゆりの塔と、平和祈念公園と、


旧海軍総司令部壕と、中村家に行ってきました。


結論から言って、初めてちゃんと沖縄を知ったような気がしました。





この事実を知らずに、沖縄に住み始めてた自分が恥ずかしく感じました。


昔、小学校の頃に父に頼んで連れて行ってもらった「ひめゆりの塔」の映画。


そのとき、なぜそこまでひめゆりの塔を観たかったのかわからないけど、


幼なながらにもひめゆりの少女たちの壮絶な最期に衝撃を受け、


また、それが事実だということに胸を撃たれました。


それからもう十数年経ちますけど、ずっと行ってみたかった「ひめゆりの塔」。




館内をまわりきるまでに、2時間はかかりました。


資料をひとつずつ、くまなく受け止めて読みました。


中には、教科書に載ってなかったような真実も証言されていて、


沖縄県民がいかに無念な想いを抱いてきたかがわかりました。





日本本島を守るために、


ただの時間稼ぎの捨て駒のようにされた沖縄。


安全な疎開先も確保出来ず、


乳幼児、女、老人、


何も知らないまま戦地に取り残され、無残に殺された住民。




「降伏する者は北へ集まれ」


そう指示したアメリカ軍。


降伏を求め北へ移動を始める住民たちは、


その道中、道の影に隠れていたアメリカ兵に撃ち殺された。


北へ向かう道には、


降伏を求め覚悟した住民たちの無残な亡骸が無数にもあった。





壕と食糧をよこせと脅す日本兵。


壕が無くなったら家族はどこへ向かったらいいのか。


日本兵は無理やりにも沖縄県民の全てを奪った。


壕内でひっそりと避難しているとき、


空腹で泣き止まない赤ん坊。


母を捜して泣き止まない幼児。


「敵に見付かってもいいのか」と


日本兵は、そんな子供さえ手にかけた。


「それなら私共々、壕の外へ出て行きます」と


懇願する母親。


それでも、「こんなときに壕の外へ出るのはスパイだけだ、殺すぞ」と


まったく取り合ってもらうことも出来なかった。


みんなが息を潜める壕の中で、日本兵は子供の首を絞めた。




アメリカ兵も信じられない、日本兵も信じられない。


悲観した人々は迷い無く自決の道を選び、


手榴弾を使う人、崖から飛び降りる人、ナイフで腹を切る人、


たくさんの人々が自分で命を絶った。






もう、書ききれないほどの悲しい真実がたくさんあった。


だから、今でも、内地の人を嫌う沖縄の人がいるんだなぁと納得できました。


あたしたち内地の人は、戦時中はそんな鬼と化していたんだから。


どうして日本人が日本人を殺すのか。


この戦争で得をした人はあるのか。


「ただ、たくさんの人が死んだ、まったく、意味のないものだった」


ひめゆりの生存者の方はそう言ってました。



太平洋戦争を語れる人が、いつかこの世界から居なくなってしまいます。


現在、幕末を語れる人が居ないように、


太平洋戦争も、教科書や資料や映画などでしか語られなくなってしまいます。


「ただの歴史」と流されてしまわないように、


あたしたち若者がこの事実を語り継いでいかないといけませんね。


そして、今でも同じように戦地になっている他国の情勢。


あの頃の日本のように、たくさんの子供たちが亡くなっている。


同じ経験をした日本だからこそ、


そんな国をもう二度と作り出さないためにも、


国際平和に力を揚げていかなくちゃいけない。




あたし自身も、


平和ボケしないように、いつでもこの気持ちを持っています。












=全ての戦争被害者の方のご冥福をお祈りします=










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